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この人に会いたい人物伝|
「不易流行」を胸に
 ○…商店街の在り方に危機感を覚えたのは12年前。まず始めたのが町内の人の声に耳を傾けることだった。商店街の理事長に就き、変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくことを説いた松尾芭蕉の言葉「不易流行」をスローガンに掲げた。「かつて街にあった繋がりを強化し、時代に即した組織へと生まれ変わる」。目力がその本気度を物語る。

 ○…「手に職を付けたい」と高校を中退し、親類の理容店で修行生活を始めたのが17歳のとき。1年間は「子守と先輩の飯炊き」が仕事だった。大卒初任給が13万円だった当時、給料は2万円。夜になるとハサミとひげそりを研ぎ、技術の習得に励んだ。23歳までをこの店で過ごした後、別の店へ。給料の大半を貯金した「開業資金」を元手に26歳で独立。故郷・大船に「自分の城」を構えた。10年後に天王町に当時では珍しい「カット専門店」を開店させると大繁盛した。

 ○…17歳の時に付き合い始めた女性が現在の妻。4畳半、風呂なし、共同トイレのアパートで22歳から同棲生活をはじめた。妻が理容師として勤務していたホテルの支配人から「写真代だけでいいから」と背を押され24歳で結婚。1男1女に恵まれた。美容師となった長男は大船の1号店を継いでいる。小学5年生の頃、祖母に連れられ鑑賞した歌舞伎が趣味のひとつ。着物の豪華さ、煌びやかさに魅せられ、月に一度は歌舞伎鑑賞に訪れる。

 ○…「良い意味でのお節介感が何とも心地よい」という天王町での生活は30年を超えた。「街を作るのは若者、馬鹿者、よそ者」が持論だ。5年前からは商店街の企画として「こども歌舞伎」を主導。天王町の新たな伝統となりつつある。10月1日には区制90周年にちなみ、商店街内の表門通りに90mの竹を組み流しそうめんイベントを企画。商店街や地域の活性化に汗を流す。

【タウンニュース保土ケ谷区版・平成29年9月21日号より転載】
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